見知らなかつた微妙な世界

 笑ふ男の背中から取り出された円みある柔らかい音。馬耳はその音に新鮮な力を、そして甘美な新鮮そのものを感じた。見知らなかつた微妙な世界が、また一つ展らかれたのだ。馬耳は新鮮な音に就て反芻した。「うまく、とれたな……」 馬耳は笑つた。そして三人は声をたてゝ笑ひだした。茫漠たる黄昏の靄のなかにて、哄...

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秘密の靄を燻蒸する一人の女

 女。……隣部屋には秘密の靄を燻蒸する一人の女がゐるのである。 そして、籐椅子へ凭れたまゝ直ぐさま横へ顔をそらせば、そこにも――一つの「もの」がある。それは昔女であつた。それはこの三年越しそこに睡むり、そして馬耳はそれのみを女と信じ、それから受ける全ての思ひ、たとへば冷淡な死と悲しい無関心さへ女の...

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馬耳は考へる

 馬耳は籐椅子に身をもたせ、女の姿が見えない位置に身を置いたとき、安心して隣室の方をながく眺め、編み物をする白い手頸を想像した。さうして、前こごみとなり、隣室のなかが見える時には庭の黄昏を眺め、高原を踏む荒い跫音を考へた。「今宵、荒々しい闘牛士の訪れ」 馬耳は考へる。自分はなぜ椿と呼ぶ若い教師に...

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