果して珍客が来た

 その夜、果して珍客が来た。 珍客は生活に窶《やつ》れ、太い皺が彼の額を走つてゐた。彼の顔立は教育のない農夫のやうな鈍感な印象を与へるが、その大きな厚い唇は強情な意志を表はして、くひまがつてゐた。併し彼の眼は痛々しく憶病であつた。そして、鋤を握るにふさわしい頑健な骨格をしてゐた。武骨な青年は額に垂れる毛髪を掻きあげながら、怒るやうな顔付をして、堅く坐についてゐた。「君は左翼に関係してゐるのではないかね?」 村長は気軽な笑ひを泛べながら、いきなり斯う訊ねた。青年は吃驚《びっくり》して馬耳の顔を視凝めたが、「べつに関係してゐません。それに」――青年は疑ぐり深い目付をして考へながら言つた。「たとへ関係してゐたにしても、関係してゐないと言ふでせう」 馬耳は青年の返事があまり生真面目で突きつめてゐたので、寧ろびつくりしたほどであつた。そして左翼といふことを世間話の気軽さに考へてゐた自分に気付いた。「成程、僕のきゝかたが悪かつたね。併し君、儂は左翼といふものを、とりわけ愛してもゐないが、とりわけ憎んでもゐないね。あちらの部屋には前文部参与官がゐるが……」 馬耳は笑ひ出した。笑ひをひとり愉しむやうに、窶れた頬に細い筋肉がふるへた。 併し馬耳の笑ひは青年教師を親しますよりも脅やかすことに役立つた。教師は怪訝な面持で、わけが分らないと自答するやうに馬耳の顔を見凝めてゐたが、愚直な顔に猜疑と、つづいて臆病な怒りをあらわした。「君はマルクスを読むかね?」「読みました」「それで、感想は?」

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