文士や芸術家や学者

 たとえ文士や芸術家や学者や社会主義だろうがなんだろうが、虫の好かない奴は大キライである。自分と精神的生活の色彩が似ているだけそういう連中にヨケイ嫌いな人間がいるようだ。 殺された高尾の平公などは僅か二、三度遇ったきりだが随分好きな人間だったから、葬式にも出かけたのだ。僕は彼と社会主義の話なんか一度もしたことはなかった。彼は全体、ボルなのかアナなのだかなんなのだか僕はいまだに一向知らない。知る必要もない。ただ僕は平公という人間が好きだった。 またパンタライの黒瀬春吉の如きは十年来僕の浅草放浪時代からの親友だが、彼はある主義者にいわせるとスパイなのだそうだが、スパイかアマイか僕は一度も彼をなめてみた事はないが、彼奴はこんどの地震で潰されて死にはしないかと僕は時々心配している。パンタライという名も僕が命名してやったので、千束町にいたヘイタイ虎などと同様――僕にはありがたい友達なのである。デ・クインシイが倫敦で餓死しかけた時、彼を救ったのは少女の淫売婦であったことは僕の名訳『阿片溺愛者の告白』を読んだ諸者はつとに御存知のはずだが、僕が千束町流浪時代に僕に酒を呑ましてくれたり、飯を食わしてくれたり、小遣い銭をくれたりしたのは、やはり私娼やバク徒やその他異体の知れぬ人達であったのだ。僕の親類にも岩崎家に関係があったり、数万の財産を持っている人間もなくはないが、そんな時には一向お役には立たないのである。 しかし日本もかなり文化したのだから、僕のようなスカラア・ジプシイの思想と芸術を尊重して、仏蘭西に洋行でもさせてくれる酔狂な金持ちの二、三人位はそろそろ出てきてもよさそうなものだ。僕は決して遠慮や辞退はしないつもりだから安心してもらいたい。僕はまたダダイストで社会主義でも無政府主義でもなんでもないから、洋行させてもらった返礼にプロレタリアを煽動したりなにかはやらないからこの点にも安心してくれたまえ。 野枝さんは子供の時に良家の子女として教育され、もっとすなおに円満に、いじめられずに育ってきたら、もっと充分に彼女の才能を延ばすことが出来たのかも知れなかった。もっと落ち着いて勉強したのかも知れなかった。不幸にして変則な生活を送り、はなはだ変則に有名になって、浅薄なヴァニティの犠牲になり、煽てあげられて、向こう見ずになった。強情で、ナキ虫で、クヤシがりで、ヤキモチ屋で、ダラシがなく、経済観念が欠乏して、野性的であった――野枝さん。 しかし僕は野枝さんが好きだった。野枝さんの生んだまこと君はさらに野枝さんよりも好きである。野枝さんにどんな欠点があろうと、彼女の本質を僕は愛していた。先輩馬場孤蝶氏は大杉君を「よき人なりし」といっているが、僕も彼女を「よき人なりし」野枝さんといいたい。僕には野枝さんの悪口をいう資格はない。

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